翻訳者であるが故の苦悩

翻訳者であるが故の苦悩

森谷式翻訳術で翻訳のスキルを身につけて、翻訳者として活躍の場を広める事が出来て新しい人生の形を楽しんでいます。

ですがその反面、「翻訳者であるが故の苦悩」もあるのが事実です。

ではどんな苦悩があるのか、書いてみたいと思います。

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常に翻訳の事を考えてしまう。

職業病というのもおこがましいですが、つい全ての事に対して翻訳の目線で見てしまう様になりました。

目に入る物、耳に入ってくる事を全て「どんな風に翻訳するか」という思考になってしまうんです。

ある意味「オン」と「オフ」を上手に出来ていないのでしょうね。

常に頭を働かせているイメージです。

ある種楽しくやっているので、私としては問題はないのですが、こうして「翻訳の事ばかり考えてしまう」事が苦痛だなって感じる人は、上手にオンオフを出来る様になった方が良いかもしれません。

自分の言葉の引き出しの無さに絶望してしまう。

翻訳とはジャンルによりけりですが、言葉のバリエーションがとても重要となります。

表現・ニュアンス・雰囲気・文字数に秒数。

色んな制約の中で「いかに適した言葉を見つけれるか」が本当に重要。

言葉のセンスや引き出しの少なさを痛感して、私も何度も自分に失望もしましたし、絶望も感じました。

でも、本を読んだり映画を観て勉強をし、自分から吸収をしようと思う気持ちでだいぶん克服をしてきたと思います。

勿論、まだまだ未熟ですし、今以上に言葉のセンスを磨き、より適した言葉を当てはめて上手に表現できる様になりたいと思います。

結局は自分自身が「学びたい」と思う気持ちが無いと、どんな事でも成長は無いですよね?

「心に響く言葉」を届けれる様に、私もこれからの翻訳活動を更に頑張りますし、この記事を見てくれている方も素敵な翻訳者になって頂けたらと思います。

苦悩があるからこそ、誰かに「感動」をきちんと伝えられた時の喜びが大きいと思いませんか?

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